imusika

平松英子 Eiko HIRAMATSU / ディスコグラフィ イムジカ imusika

平松英子 ひらまつえいこ

ソロ作品

参加作品

クラシック以外の作品

心から、愛するエイコへ     イェルク・デムス

 シューベルトは、ほかの大作曲家よりもいっそう、音楽を〈語る〉ことを教えてくれました。モーツァルト(《薔薇のアリア》)の場合も、そしてバッハの場合にも、そしてとりわけあらゆるオペラの場合にも、私たちはしばしば音楽にまったくふさわしくない歌詞(台本)に縛り付けられたように見えながら、しかしそれでもすばらしい音楽というものを見つけることができます。
 けれど、シューベルトの場合はまったく違うのです。すなわち、ことばが美しければ美しいだけ(《野薔薇》や《ミニョン》のように)、そしてその内容が重要で感動的であればあるだけ(《冬の旅》や《白鳥の歌》のように)、シューベルトの旋律はいよいよ見事に流れ、和声は神秘的な輝きを増し、同時にそれらはリズムによって生気づけられ、活気づけられるのです。
 ゲーテの《魔王》がシューベルトの作品1として、《糸を紡ぐグレートヒェン》が作品2として出版されたとすると、我々はそれを果たして〈偶然〉という具合に信じられるでしょうか?
 あるいはむしろこういうことではないでしょうか? ドイツ詩の豊かな絵画的世界(それはゲーテを通してまさに最盛期を迎えました)が、有無を言わさずに音楽による形象化を求めたのだと。そして、ようやく17歳を迎えたばかりのシューベルトが、ちょうど詩人のことばを音楽的に感得することができるようになっていたのだと。なんといってもゲーテは、自分の詩の多くを「リート」と呼んでいたわけですし、それらが歌われるさまを聴きたがっていたのです。
 それというのも、私たちはフランツ・シューベルトを、友人たちに囲まれながら、ピアノの前に座った中心人物として思い浮かべることが好きだからです。「シューベルティアーデ」と呼ばれる内輪の集まりで、いつも新しい舞曲や《即興曲》、《楽興の時》を披露してくれる人物として。披露されるのが、ソナタや三重奏、鱒の五重奏のときもあったでしょう。また、とりわけ自分のリートの伴奏者として、歌手のパートナーとして、詩人の代弁者として、シューベルトがそこに座っていることも多かったでしょう。
 私の人生においてもっとも幸運だったのは、フィッシャー=ディースカウやシュヴァルツコップ、アメリング、シュライアー、アーダム、マティスといった偉大なる歌手たちに、生涯にわたって仕えることを許されたということであり、それによって、私自身の音楽が無尽蔵に豊かにされたということです。
 そして今また、私の音楽は華麗な美しさを誇る声といっしょになっています。その声は芽を吹き、つぼみをつけ、花咲き、そして実を結びます。しかし、残念ながら、それはいつまでも続くというわけにはいきません。けれど、愛くるしく、女性的なぬくもりに満ちたソプラノの声、エイコ・ヒラマツの声を、今ふたたびピアノで受けとめ、導くことすら許されるとき、時間はしばしのあいだ動きを停めているように思われるのです......
そして、もう一度私は正しく感じ取るのです、「そよ風が目覚めた」のだと。
東京、2001年4月4日

 

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